── 再発を防ぐ人は「治ったあと」に選択を変えている ──
精神科の診察室で、
回復期に入った患者さんから最も多く聞く言葉があります。
「元の働き方に戻れますか?」
この問いに対して、
精神科医として私は、少し慎重になります。
なぜなら臨床現場では、
「元に戻ろうとした人ほど再発しやすい」
という現実を、何度も見てきたからです。
この記事では、
なぜ回復後に“前と同じ働き方”に戻さなくてよいのか、
医学的・心理学的な理由を整理します。
精神疾患の「回復」はゴールではない
まず重要なのは、
精神疾患における「回復」の定義です。
多くの人は回復を、
- 症状が消える
- 薬が減る
- 診断名が外れる
と考えます。
しかし精神科医が見ている回復は、
「再発せずに生活できる状態」です。
症状が消えただけで、
生活構造が変わっていなければ、
再発リスクはほとんど下がりません。
「同じ働き方」が再発を招く理由
回復前の働き方には、
必ず何らかの問題がありました。
- 長時間労働
- 責任過多
- 裁量のなさ
- 対人ストレスの過剰
- 休めない文化
これらは、
本人の努力で解決できない要因であることがほとんどです。
それにもかかわらず、
回復後に同じ環境へ戻ると、
「また同じ条件で、同じ負荷をかける」
ことになります。
精神科的に見れば、
再発しない方が不思議です。
精神疾患は「脆弱性×環境」で再発する
精神医学では、
多くの疾患を次の式で考えます。
脆弱性(体質・特性) × 環境ストレス
治療によって改善できるのは、
主に「症状」と「一部の脆弱性」です。
しかし、
環境ストレスが同じなら、再発リスクは残ります。
つまり回復後に必要なのは、
- 自分を変えること
ではなく - 環境との関わり方を変えること
です。
「前と同じ」に戻そうとする心理の正体
多くの患者さんが、
無意識に「元に戻りたい」と考えます。
その背景には、
- 失敗を認めたくない
- キャリアを中断したくない
- 周囲に説明したくない
- 自分は弱くなっていないと思いたい
といった、極めて人間的な心理があります。
しかし精神科医として見ると、
この心理こそが、
再発を引き寄せる要因になることがあります。
回復後に「変えてよい」働き方の例
臨床で予後が良い人は、
回復後に次のような変更を行っています。
- フルタイム → 時短勤務
- 管理職 → 非管理職
- 正社員 → 業務委託・契約
- 対人業務中心 → 裏方業務
- 単一職場 → 複数の小さな仕事
重要なのは、
能力が下がったからではないという点です。
むしろ、
「自分の特性を正しく理解した結果」
として選ばれています。
精神科医が見る「回復後に強くなる人」
興味深いことに、
回復後に働き方を変えた人の中には、
- 以前より安定して働ける
- 自己評価が回復する
- 人生満足度が上がる
ケースも少なくありません。
これは、
無理な適応をやめた結果、
本来のパフォーマンスが出るようになるためです。
「元に戻る」より「更新する」という考え方
精神科医としておすすめしたいのは、
この発想の転換です。
- 元に戻る ×
- 生き方を更新する ○
病気は確かにつらい経験ですが、
同時に
「これまでの無理に気づく機会」
でもあります。
その気づきを無視して元に戻れば、
身体や心は、再びブレーキをかけます。
回復後の最大の目標は「再発しないこと」
回復期における最重要目標は、
昇進でも収入でもありません。
再発しないこと。
そのために、
- 働き方を下げる
- 負荷を減らす
- ペースを落とす
これらは「後退」ではなく、
医学的に合理的な戦略です。
まとめ:精神科医からのメッセージ
- 回復後に同じ働き方に戻る義務はない
- 環境を変えなければ再発リスクは下がらない
- 働き方を変えることは治療の延長
- 「更新された人生」のほうが安定しやすい
最後に、精神科医として最も伝えたいことを書きます。
回復とは、
「前と同じ自分に戻ること」ではありません。「壊れにくい自分に作り直すこと」です。
この記事が、
回復後のあなたの選択を
少しだけ自由にする助けになれば幸いです。