はじめに

メンタルヘルス不調による休職は、近年の日本企業で最も増えている健康課題のひとつです。
うつ病や適応障害、双極性障害、不安症など、診断名はさまざまですが、共通する課題は「休んだあと、どうやって職場に戻るか」です。

復職支援は単に「休職者が出勤できるようになること」を意味するのではありません。
再発を防ぎ、職場で安定的に働き続けられること がゴールです。

そのためには、医療・本人・企業が一体となって段階的に取り組む必要があります。
今回は産業医の立場から、復職支援の流れとリワークプログラムの実際、そして現場での課題を詳しく解説します。


1. 職場復帰支援の全体像

復職支援は大きく5つのステップに整理されます。

  1. 休職開始と治療期
  • 医療機関での診断・治療
  • 休養による症状の安定化
  • 会社への診断書提出と休職手続き
  1. 回復期
  • 睡眠・食欲・生活リズムの安定
  • 外出や軽い活動が可能になる
  • 医師の指導に基づき、復職に向けた準備を開始
  1. リワーク期
  • 復職前リハビリとしての社会的活動
  • デイケアやリワークプログラムへの参加
  • 集中力・持続力・対人関係スキルの再獲得
  1. 職場復帰判定
  • 主治医と産業医の連携による「就労可否」判断
  • 復職可否面談
  • 会社による復職可否決定
  1. 職場適応期(フォローアップ)
  • 短時間勤務や段階的業務の導入
  • 定期的な産業医面談
  • 上司・人事との密な連携

2. リワークプログラムとは

「リワーク」とは Return to Work(職場復帰) の略です。
精神科デイケアや専門施設で提供されるプログラムで、復職前に 働く力を取り戻すためのリハビリ を行います。

2-1. リワークの目的

  • 規則正しい生活リズムの再構築
  • 集中力・作業持続力の回復
  • 対人スキルやコミュニケーション力の確認
  • 再発予防のためのセルフケア獲得
  • 職場でのストレス対処法の習得

2-2. プログラム内容の例

  • 朝のミーティング(体調チェック、1日の計画)
  • 読書やPC作業による作業持続練習
  • グループワークやディスカッション
  • 認知行動療法や心理教育プログラム
  • 軽い運動(ヨガ、ストレッチ、ウォーキング)
  • 振り返りと記録

これらを数週間~数か月継続することで、復職に必要な「働く基礎体力」を整えていきます。


3. 産業医の役割

産業医は復職支援の「ハブ」として、本人・主治医・会社をつなぐ役割を担います。

3-1. 復職判定

  • 主治医の診断書だけでは復職判断はできません。
  • 産業医は 勤務の実態や業務内容に照らして就労可否を判断 します。
  • 必要に応じて主治医に照会し、医学的・職場的両面から判断を補強します。

3-2. 復職プラン作成

  • 短時間勤務(例:午前のみ、週3日から開始)
  • 段階的な業務(補助業務から徐々に通常業務へ)
  • 定期面談での状況確認

3-3. 職場との調整

  • 上司や人事に対して「配慮は必要だが過度な特別扱いは逆効果」などを助言
  • 本人が負担を感じにくいような職場環境づくりを提案

4. 復職後のフォローアップ

復職後3か月は再発のリスクが最も高い時期です。
産業医は次のような形で支援を続けます。

  • 定期的な面談(1~2週間ごと → 徐々に間隔を延ばす)
  • 睡眠や服薬状況の確認
  • 業務量の適正化を人事・上司にフィードバック
  • 不調の兆候があれば早期介入(再休職を防ぐ)

5. 現場での課題

5-1. 主治医と会社のギャップ

主治医は「医学的に安定=復職可」と判断する一方、会社は「業務をこなせるか」を重視します。
このギャップを埋めるのが産業医の大切な役割です。

5-2. 復職者の孤立

職場に戻っても「特別扱いされている」と感じて孤立することがあります。
周囲への説明やコミュニケーションが欠かせません。

5-3. 再発リスク

うつ病などは再発率が高く、復職後1年以内に再休職するケースも少なくありません。
「職場復帰=ゴール」ではなく「安定就労=ゴール」とする視点が必要です。


6. 今後の展望

  • テレワーク時代の復職支援:自宅勤務が復職に与える影響をどう評価するか。
  • デジタルリワーク:オンラインでの復職リハビリプログラムが増加中。
  • 企業の健康経営戦略:復職支援を単なる福利厚生ではなく「人的資本投資」として位置づける動き。

まとめ

職場復帰支援は、産業医にとって最も実践的で、かつ難易度の高い仕事のひとつです。
復職を成功させるには、主治医と会社の間を調整しつつ、本人の状態を冷静に見極め、段階的に支援していく必要があります。

リワークプログラムはその中核となる仕組みであり、単なる「リハビリ」ではなく「働く力を再構築するプロセス」です。

産業医は「復職を判定する人」ではなく、本人と企業をつなぐ伴走者 であることを忘れてはなりません。
休職から復職、そして安定した就労へ――この流れを丁寧に支えることが、現代の産業医の大きな使命なのです。