1. はじめに
産業医の重要な業務のひとつに「職場巡視(安全衛生巡視)」があります。
職場巡視は、従業員の健康リスクを早期に発見し、適切な改善策を講じるための活動であり、面接指導と並んで産業医の基本的な役割です。
企業規模や業種にかかわらず、従業員の健康を守るだけでなく、法令遵守や生産性向上にもつながる重要な業務であるため、産業医にとっては欠かせない日常業務のひとつです。
本記事では、職場巡視の具体的な流れ、チェックポイント、改善提案の実例、法的背景、実務上のポイントを解説します。
2. 職場巡視とは何か?
職場巡視とは、産業医が実際に作業現場やオフィスなどの職場を定期的に巡回し、労働者の健康や作業環境の安全を確認する活動を指します。
目的は、単なる環境チェックだけでなく、以下のような広範な健康管理です。
- 作業環境の安全性確認(転倒防止、機械設備の安全など)
- 労働時間・作業負荷の適正化の確認
- 労働者の心身状態の把握(ストレスや疲労の兆候)
- 職場環境改善の提案(照明、空調、騒音、姿勢など)
職場巡視は法的にも義務化されており、労働安全衛生法第13条および労働安全衛生規則第13条の2に基づき、一定規模の事業場では産業医による巡視が求められています。
3. 職場巡視の対象と頻度
3-1. 対象
職場巡視の対象は業種によって異なりますが、一般的には以下の領域が含まれます。
- オフィス:机・椅子の高さ、照明・空調・換気、VDT作業環境
- 製造現場:機械設備、安全保護具の着用状況、作業動線、騒音・振動の測定
- 倉庫・物流:荷重物の取り扱い、運搬経路、フォークリフトの安全確認
- 建設現場:足場の安全、ヘルメット・保護具の使用、作業計画の確認
3-2. 巡視の頻度
法律上は月1回以上の巡視が義務付けられています。
- 大規模事業場(従業員500人以上) → 月1回〜2回
- 中小規模事業場(従業員50〜499人) → 月1回
- 特殊業務(化学物質取り扱い、高温・低温作業など) → 必要に応じて追加巡視
4. 職場巡視の具体的な流れ
4-1. 事前準備
- 巡視予定の作業場と巡視者(産業医、人事、衛生管理者)を確認
- 過去の巡視記録や事故・ヒヤリハット情報を把握
- 作業者への事前周知(プライバシー配慮を含む)
4-2. 現場巡視
巡視の際には以下のチェックポイントを重点的に確認します。
(1) 作業環境
- 床や通路の安全性(滑り、段差、障害物の有無)
- 照明や空調の状態、室温・湿度の適正
- 騒音、振動、粉塵など作業環境の物理的リスク
(2) 作業姿勢・負荷
- デスクワークでは、モニター位置、キーボード高さ、椅子のサポート確認
- 立ち作業・運搬作業では、腰痛や肩こりのリスクを評価
- 長時間労働者の労働状況を観察し、疲労やストレスの兆候を確認
(3) 安全保護具の使用
- ヘルメット、手袋、安全靴、防塵マスクなどの着用状況
- 使用ルールの遵守状況
(4) 健康リスクの把握
- 従業員の顔色や表情、動作の様子
- 疲労感やストレスの兆候を観察
- 必要に応じて軽いヒアリングを実施
4-3. 記録の作成
- 巡視結果は「職場巡視報告書」として文書化
- 改善が必要な箇所、良好な点、特記事項を整理
- 会社の衛生委員会や経営層に報告
5. 改善提案の方法
職場巡視で発見した課題は、産業医が単独で解決するのではなく、企業側と協力して改善策を講じます。
具体例を挙げると以下の通りです。
5-1. オフィス環境改善
- 照明が暗い場合 → LED照明の追加・配置変更
- 空調の温度差が大きい場合 → サーキュレーターや暖房器具の調整
- デスクワークで腰痛が多い場合 → 高さ調整可能な椅子やモニター台の導入
5-2. 製造・建設現場改善
- 安全標識や導線の改善
- 作業台や設備の高さ・角度調整で負荷軽減
- 騒音・振動の測定と対策(耳栓、防振マット)
5-3. 労働時間・作業負荷改善
- 長時間作業の分散化
- 休憩時間の確保・リフレッシュルームの設置
- シフト管理や人員補充による負荷分散
6. 職場巡視における課題と対応策
課題①:巡視が形式化してしまう
→ 対応策:チェックリストを活用し、定量的・定性的両面から評価。改善提案を具体的に数値化する。
課題②:改善が経営層に伝わらない
→ 対応策:巡視報告書に優先度を付け、費用・効果も明示して提案。
課題③:従業員の協力が得られない
→ 対応策:巡視の目的を「安全確保と健康維持」と説明し、プライバシーを保護。
7. 職場巡視の効果
- 従業員の健康維持:作業環境改善による腰痛・肩こり・眼精疲労の軽減
- 安全事故の防止:転倒や機械事故のリスク低減
- 生産性向上:快適な環境で集中力・作業効率の向上
- 法令遵守:労働安全衛生法に基づく巡視義務の履行
- 健康経営の推進:健康経営銘柄・ホワイト500の認定に貢献
8. ケーススタディ:職場巡視の実例
ケース1:オフィスでのVDT作業改善
従業員の肩こり・眼精疲労が増加。
- 産業医巡視でモニター高さが低いことを指摘
- 高さ調整可能モニター台を導入
- 姿勢改善指導と定期ストレッチを推奨
→ 1か月後、肩こり症状が大幅に改善
ケース2:製造現場での安全改善
倉庫内の通路が狭く、フォークリフト事故のリスクあり
- 道路幅の確保と安全標識設置を提案
- 作業手順書に安全指針を追加
→ 事故発生リスクを大幅に低減
ケース3:休憩環境の改善
長時間立ち作業が多く、従業員の疲労蓄積が課題
- 休憩用椅子や仮眠スペースを設置
- 交代制で休憩を取りやすくするルールを導入
→ 労働満足度が向上、疲労度の指標も改善
9. 職場巡視のポイントまとめ
- 定期巡視:月1回以上の実施でリスクを早期に発見
- 記録・報告:巡視結果は必ず文書化し、経営層・衛生委員会に報告
- 従業員目線の改善提案:単なる安全指摘ではなく、作業効率や快適性も考慮
- 改善フォロー:提案した改善策が実際に実施されているか、定期的に確認
- 法令遵守:労働安全衛生法・規則に基づいた巡視と記録の保存は必須
10. まとめ
職場巡視は、産業医が従業員の健康を守る上で欠かせない日常業務です。
巡視を通じて作業環境の安全性を確認し、従業員の疲労やストレスを早期に把握することで、健康リスクを未然に防ぐことができます。
さらに、巡視結果に基づく具体的な改善提案は、企業にとっても安全事故の防止や生産性向上に直結します。
法令遵守だけでなく、健康経営の観点からも非常に重要な活動であり、従業員と企業双方にメリットがあります。
産業医は単に「チェックする人」ではなく、職場環境を改善し、従業員が安心して働ける環境を作るパートナーです。
次回は、産業医が担う「メンタルヘルス対策と職場サポート」の具体的な実務について解説します。
これにより、面接指導・職場巡視・メンタルヘルス対策といった三位一体の健康管理が理解でき、より実務に役立つ知識が身につきます。