1. はじめに
産業医の重要な業務のひとつに「面接指導」があります。
これは単なる健康相談ではなく、労働安全衛生法に基づいた 法的な仕組み であり、企業にとっても従業員にとっても大変重要な制度です。
特に、長時間労働や強いストレスが原因で心身に不調をきたすケースが増加している現代において、面接指導は「過労死防止」「メンタル不調の早期発見・予防」「休職・復職支援」の観点から注目されています。
本記事では、産業医が行う面接指導の具体的な流れとその背景にある法律、実務上のポイント、よくある課題と解決策について詳しく解説します。
2. 面接指導とは何か?
面接指導とは、長時間労働者や高ストレス者など、健康リスクが高いと判断された従業員に対して、産業医が面談を行い、必要に応じて就業上の措置を助言する仕組みです。
2-1. 法的根拠
- 労働安全衛生法第66条の8
→ 長時間労働による健康障害防止を目的に、医師による面接指導を義務付けています。 - 労働安全衛生規則第52条の2
→ 面接指導の具体的な実施方法や記録の保存について定めています。
2-2. 対象となるケース
- 1か月の時間外・休日労働が 80時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる場合
- ストレスチェックで「高ストレス者」と判定された場合
- 健康診断で医師が就業に配慮が必要と判断した場合
- 上司や人事から「体調不良の懸念がある」との申し出があった場合
つまり、単なる希望制ではなく、一定の条件を満たす場合には企業に実施義務が生じる制度です。
3. 面接指導の具体的な流れ
実際の面接指導は、大きく以下のステップで進められます。
3-1. 対象者の把握
- 勤怠データや残業時間の集計によって長時間労働者を抽出
- ストレスチェック結果から高ストレス者を特定
- 健康診断結果から異常値がある従業員を確認
ここで重要なのは、対象者を漏れなく把握することです。
人事部門や衛生管理者と産業医が連携し、正確な情報を収集する必要があります。
3-2. 産業医による面談実施
面接指導は通常、産業医と対象従業員が30分〜1時間程度の面談を行います。
内容は以下のような項目です。
- 最近の労働時間と業務内容の確認
- 睡眠・食欲・疲労感・集中力などの生活習慣チェック
- 精神的なストレス要因(人間関係、家庭問題、プレッシャーなど)
- 過去の既往歴や服薬状況
- 本人の希望(勤務継続・業務調整・休養など)
産業医は医師としての専門知識をもとに、心身の状態を把握し、就業継続に支障がないかを総合的に判断します。
3-3. 面接結果の記録と報告
面談が終了すると、産業医は「面接指導結果報告書」を作成し、事業者(会社側)に提出します。
この報告書には以下の内容が記載されます。
- 従業員の健康状態の所見
- 労働時間・労働環境の評価
- 就業上の措置に関する意見(例:残業時間の制限、配置転換、休養の必要性)
報告は 個人情報保護に配慮しつつ必要最小限 にとどめる必要があります。
3-4. 事業者による就業上の措置
最終的な判断は企業側(事業者)に委ねられます。
産業医の意見を踏まえて以下のような措置が検討されます。
- 残業時間の制限・削減
- 勤務シフトの変更
- 業務負担の軽減
- 配置転換
- 一時的な休職や休養の推奨
ここで重要なのは、産業医の意見を尊重しつつ、事業運営とのバランスを取ることです。
4. 面接指導の実務的なポイント
4-1. 従業員のプライバシー配慮
従業員が安心して本音を話せるよう、面談は個室で行い、会社側には必要最小限の情報のみを提供することが大切です。
4-2. 面接のタイミング
長時間労働者の面接は 残業80時間超の月の翌月 に速やかに行う必要があります。
遅れると従業員の健康リスクが高まるだけでなく、企業側に法的責任が問われる可能性があります。
4-3. 記録の保存
面接指導結果は 5年間保存義務 があります。
労基署からの調査や労災発生時の証拠資料となるため、適切に保管する必要があります。
4-4. フォローアップの重要性
面接は一度きりではなく、その後のフォローが欠かせません。
特にメンタル不調者については、復職支援プログラムや定期面談を組み合わせることが効果的です。
5. よくある課題と解決策
課題①:従業員が面接を嫌がる
→ 解決策:会社からの指示ではなく「健康サポートの一環」と説明し、本人の不安を軽減する。
課題②:産業医の指摘が実行されない
→ 解決策:衛生委員会で議題に挙げ、経営層も巻き込む形で改善を進める。
課題③:情報漏洩の不安
→ 解決策:報告は個人名を伏せた形で行い、具体的な健康状態は本人の同意を得た上で共有する。
6. 産業医面接指導のメリット
- 従業員側のメリット
- 早期に健康リスクを発見できる
- 専門医の助言により安心感が得られる
- 過労やメンタル不調の悪化を未然に防げる
- 企業側のメリット
- 過労死・労災リスクの低減
- 健康経営やCSR活動の一環として評価向上
- 生産性の維持・向上
7. ケーススタディ:面接指導の実例
ケース1:長時間労働による不眠症状
30代男性社員、月残業90時間。面接で「眠れない・集中できない」と訴える。
産業医の意見:一時的な残業制限と勤務シフト調整。睡眠改善を目的とした生活習慣指導。
→ 3か月後には残業時間が削減され、体調が改善。
ケース2:高ストレス者の面談
40代女性社員、ストレスチェックで高ストレス判定。面接で「人間関係による強い不安」を訴える。
産業医の意見:一時的な部署異動を検討。心理カウンセリングを併用。
→ 職場環境が改善し、離職を回避。
8. まとめ
面接指導は、産業医が果たす最も重要な役割のひとつです。
単なる形式的な制度ではなく、従業員の健康を守り、企業のリスクを軽減する仕組みとして位置付けられています。
実務的には「対象者の把握」「面談の実施」「結果の報告」「就業上の措置」「フォローアップ」という流れで行われ、記録保存やプライバシー配慮も欠かせません。
産業医を積極的に活用し、面接指導を形骸化させずに運用することが、従業員と企業の双方にとって大きなメリットとなります。
次回は 「産業医による職場巡視の実際と改善提案」 について解説します。