── うつ・適応障害・発達特性と“就労不能の現実” ──
精神科医として臨床に立っていると、
ある共通点を持つ患者さんに、何度も出会います。
病気そのものよりも
「働けなくなったこと」が人生を壊している人たち
これは決して大げさな表現ではありません。
身体が動かなくなったわけではない。
命の危険があるわけでもない。
それでも「働けない」という事実だけで、
生活・自尊心・人間関係が一気に崩れていきます。
この記事では、
精神科医の視点から見た
「働けなくなるリスクの正体」を言語化します。
精神疾患は「完治/死亡」の二択ではない
精神疾患を経験したことがない方ほど、
無意識にこう考えています。
- 治れば元通りに働ける
- 重症なら入院、軽症なら仕事は続けられる
しかし、精神科臨床の現実はまったく違います。
よくある経過
- 休職 → 復職 → 再休職
- フルタイム復帰 → 短時間勤務
- 職場は変わっても症状は変わらない
つまり多くの場合、
「完全に働ける」状態と「働けない」状態の間を行き来します。
この宙ぶらりんな期間が、
経済的にも精神的にも最も消耗します。
精神科で最も多い「働けなくなる理由」
精神疾患で働けなくなる理由は、
症状そのものだけではありません。
実際によくある要因
- 集中力・処理速度の低下
- 疲労回復に極端に時間がかかる
- 対人ストレス耐性の低下
- 判断力の低下によるミス増加
これらは、
検査値や画像では「異常なし」でも、
労働には致命的です。
結果として、
- 本人は「怠けている気がする」
- 周囲は「甘えているのでは」と感じる
- 自責感と孤立が深まる
この悪循環が、症状をさらに固定化させます。
「生活費」が精神症状を悪化させる瞬間
精神科医として最も危険だと感じる瞬間があります。
それは、
「早く働かないと生活できない」
というプレッシャーがかかったときです。
この状況では、
- 十分な回復を待てない
- 無理な復職を選択する
- 再発・慢性化のリスクが跳ね上がる
実際、
経済的不安がある患者ほど治療期間は長期化します。
これは精神論ではなく、臨床で繰り返し確認される事実です。
公的保障の「限界」を正しく知る
よくある誤解として、
傷病手当金があるから大丈夫
という認識があります。
現実的な制約
- 支給期間は最長1年6か月
- 支給額は給与の約2/3
- 復職→再休職で打ち切りになることも
精神疾患では、
1年半で安定就労に戻れる人ばかりではありません。
この“空白期間”をどう埋めるかが、
人生の分岐点になります。
精神科医から見た「所得保障保険」の意味
所得保障保険は、
精神科医の立場から見ると次のような役割を持ちます。
- 回復を「待つ時間」を買う
- 無理な復職を防ぐ
- 治療継続を現実的にする
特に重要なのは、
「給付がある=怠けてよい」ではなく
「治療に専念できる環境を作る」
という点です。
これは、
抗うつ薬や精神療法と同じく
再発予防の一部と考えることができます。
精神疾患は誰にでも起こり得る
精神科医として強調したいのは、
- 意志が弱いから起こる
- 特別な人だけがなる
こうした考えは、医学的に完全に誤りだということです。
- 真面目で責任感が強い
- 我慢強く、限界まで頑張る
むしろ、
社会的に「評価されやすい人」ほど発症リスクが高い
と感じる場面も少なくありません。
精神科医の結論:最大のリスクは「無理をすること」
精神疾患において、
最大のリスクは病気そのものではありません。
- 回復前に無理をする
- 生活費の不安で治療を急ぐ
- 「働けない自分」を過度に責める
これらが重なると、
症状は慢性化し、人生への影響は長期化します。
まとめ:働けなくなるリスクは「誰の問題か」
- 精神疾患はグラデーションで進行する
- 働けない期間は想像より長い
- 経済的不安は症状を悪化させる
- 備えは「甘え」ではなく「治療環境の整備」
働けなくなるリスクは、
特別な人の話ではありません。
あなた自身が、ある日突然当事者になる可能性がある。
それを前提に考えることが、
精神科医としての、そして一人の人間としての
現実的なリスク管理だと考えています。